森友事案での安倍首相辞任が秒読み段階に

2017年4月28日 植草一秀の『知られざる真実』

「西の森友」事案は、国有地を不正に低い価格で払い下げた問題である。
「忖度(そんたく)」が問題なのではない。公務員による行政において「中立、公正、公平」の原則が踏みにじられた疑惑が濃厚であることが問題なのだ。

財政法第9条は「国の財産は、適正な対価なくしてこれを譲渡し若しくは貸し付けてはならない。」と定めている。鑑定評価額9億5600万円の国有地を1億3400万円で払い下げた行為は財政法第9条に違反し、国、すなわち日本国民に巨大な損失を与えた事案であると考えられる。

「忖度」というのは、「他人の心をおしはかること」で、「忖度」がいいとか悪いとかという次元の問題でない。公務員が内閣総理大臣の意向を「忖度」することは一向に構わない。むしろ、「忖度」は褒められるべき行為と言うべきだが、公務員が行政事務において、「中立、公正、公平」の原則を踏みにじって、国に損失を与える行為を行ったなら、財政法に違反し、「背任罪」を問われることになる。

これだけで重大な犯罪事案になるが、さらに重大であるのは、この不正払下げ問題に内閣総理大臣夫妻が関与していた疑いが浮上していることである。

安倍首相は2月17日の衆議院予算委員会質疑で、「私や妻がこの認可あるいは国有地払い下げに、もちろん事務所も含めて、一切かかわっていないということは明確にさせていただきたいと思います。もしかかわっていたのであれば、これはもう私は総理大臣をやめるということでありますから、それははっきりと申し上げたい、このように思います。」(議事録251)
「繰り返しになりますが、私や妻が関係していたということになれば、まさに私は、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員もやめるということははっきりと申し上げておきたい。」(議事録255)
と答弁している。

この点を踏まえると、安倍首相は速やかに総理大臣も国会議員も辞めるべきである。いまも辞任せずにいることがおかしい。

本日、4月28日に民進党のプロジェクトチームの会合に森友学園の籠池泰典元理事長が出席して発言した。籠池氏の発言内容の真偽を確認する必要があるが、全体の印象からすれば、昭恵夫人が森友学園の小学校用地問題に関与していた事実は否定しようがない。

さらに、昭恵夫人が瑞穂の國記念小學院の名誉校長を辞任したのも、安倍昭恵氏の行動ではなく、安倍晋三事務所が独断で行動した結果である疑いも浮上した。

昭恵夫人は公の場で説明する必要がある。安倍晋三氏は首相も議員も辞めたくないなら、安倍昭恵氏による説明の場を設営するべきだ。正々堂々と立ち向かわない逃げの一手の行動は、恥さらしそのものである。

国会は衆参両院の予算委員会を開会することになった。この予算委員会で森友事案を徹底的に論じるべきだ。森友事案の審議を批判するのは、やましいことがあるからでしかない。無実潔白なら、とっとと証人喚問を実行して、問題を早期決着すればよいだけのことだ。

名誉校長を辞任した件も、安倍昭恵氏の意向ではなく、安倍晋三氏が勝手に行動したのなら、これも人権侵害に当たる。安倍首相は安倍昭恵氏は「私人」であり、一個の独立した人格を持つ個人であり、その個人の行動を尊重している趣旨の発言を国会で示したが、安倍晋三氏が昭恵夫人本人の意思を確認せずに名誉校長辞任を勝手に決めたのなら、安倍昭恵氏の名誉校長就任も安倍晋三氏の意思によるものということになる。

安倍昭恵氏は真実を語りたいと思っているかも知れない。安倍昭恵氏に面識のある人は、安倍昭恵氏に本当のことを話すように諭すべきだ。

説明責任も果たさずに花見にうつつを抜かしているような人物に、そのような良心などない、と断じる声も多く聞く。しかし、そうではない可能性もある。昭恵夫人に働きかけて、昭恵夫人が自らの意思で、表に出て、すべての事実を語るように働きかけるべきである。

※続き

安倍内閣はすでに根腐れを起こしている。最大の問題は、この政権に、国民に寄り添う心がないことだ。言葉の上でだけ、「被災地の復興が最重要」
「拉致被害者の救出が最重要」「任命責任は私にある」などと言い募る。
しかし、内実がない。うわべだけの張りぼての美辞麗句なのだ。

この首相の下で類が友を呼ぶ。
山本有二農水相
山本幸三地方創生相
今村雅弘元復興相
甘利明元経済相
稲田朋美防衛相
金田勝年法相
鶴保庸介沖縄北方相
務台俊介復興政務官
中川俊直経産政務官
など枚挙に暇がない。

政権は末期の様相を呈している。
安倍首相は、国会で明言した自身の発言に責任を持つべきだ。その結果は、首相と議員の辞任しかない。安倍昭恵氏が全面的にサポートして小学校建設を推進してきておきながら、問題が発覚すると手のひらを返して切り捨てるというのは、人に道を外している。

いろいろと取り沙汰されている森友学園の問題よりも、はるかに深刻で、卑劣な行為である。安倍昭恵氏に、もし良心というものがあるなら、このような卑劣な行動に耐えられないはずだ。

このことについて籠池夫妻が激怒するのは当然のことと言える。いまどき、総理大臣になりたいなどと思う人もいなくなっていると思われるが、少なくとも内閣総理大臣は行政府の長なのだ。何よりも大事なことは、人として、人の道を外れないことだ。

政治評論家の田崎史郎氏が今村復興相の失言問題について、「政治家は被災者に寄り添うふりをしなければならない職業だ」と述べたが、このような人物が政治評論家として幅を利かせている日本政治だから、日本政治の堕落ぶりが目を覆うばかりなのだ。

安倍昭恵氏が深く関与して、土地取得問題についても
財務省に口利きをしたと見られる。財務省は公務員としてのもっとも重要な基準である「中立、公正、公平」の範を超えてしまった。「悪事千里を走る」「天網恢恢疎にして漏らさず」と言うが、悪事が発覚した。

人間としての価値、人間の器量が問われるのは、このような局面だ。
事実をありのままに語り、責任を取らなければならないなら、潔く責任を取る。

地位は失うかもしれないが、人間関係の信頼を守った事実、潔く責任を取った事実は後世にまで語り継がれることになるだろう。その一方で、問題が表面化するとその友好関係にあった人物に対して手のひらを返して、その人物を犯罪者に仕立て上げようとするのだから、恐ろしい。

人の道を外した宰相として、後世にまで名を残すことになるだろう。籠池氏も、自分が入れ込んだ、国家や国柄を重んじるという人物の実相を知り、
軽薄な思い入れ、思い込みの底の浅さをかみしめるべきだ。

教育勅語は権力者が人民に犠牲を強いるための「洗脳」の手段である側面が強いものなのだ。教育において大事なことは、誰かの犠牲になることを奨励することではなく、すべての存在の重みを知り、すべての存在に対する慈しみ、愛情をはぐくむことである。

安倍夫妻の冷酷な対応を見て籠池氏も自らの誤りに気付いたのではないか。