空襲被害者の救済 国会が責任を果たす時だ

戦後80年が過ぎても、空襲被害者の救済は実現していない。その責任を政治は重く受け止める必要がある。1945310日の東京大空襲から81年となる。
1945年東京大空襲

米軍機が大量に投下した焼夷(しょうい)弾で下町は焦土と化し、約
10万人が亡くなった。太平洋戦争末期には、大阪や名古屋、神戸など各地で空襲があり、多くの被害が生じた。

国が始めた戦争だ。にもかかわらず、家族を失ったり、けがをしたりした人たちに何の補償もしていない。一方で軍人・軍属だった人やその遺族には、年金など総額60兆円以上が支払われてきた。

差別的な対応の正当化に使われてきたのが「戦争被害受忍論」だ。戦争の犠牲や損害は、国民が等しく我慢しなければならないという理屈である。国との雇用関係がないことも、補償しない理由に挙げられた。

理不尽というほかない。戦時体制下で国民は総動員された。都市に暮らす人々は住まいを離れることを事実上禁じられ、空襲時の消火義務を負っていた。超党派の議員連盟が救済法案をまとめている。心身に障害や傷を負った人に一律50万円の一時金を支払う。空襲被害の実態を政府が調査することも盛り込まれた。

遺族や戦災孤児は対象になっていない。十分な内容とは言えないが、救済実現を優先させるため、被害者たちが苦渋の決断をした。国会に提出されていないのは、自民党内で民間人への補償に慎重な意見が根強く、調整が進んでいないためだ。政府も「戦後処理に関わる措置は全て終了した」との立場を崩さない。

被害
者たちでつくる団体は、政治家たちに意向を尋ねてきた。昨年の自民総裁選では候補者に公開質問状を出した。5人のうち高市早苗首相だけが回答を寄せ、「大変重要なテーマだ。対策が急がれる問題でもある」と記した。

今年の衆院選に際して各党に対応を聞いたところ、自民は「議連の先生方と、しっかりと協議させていただきたい」と答えた。言葉だけに終わらせず、真摯(しんし)に取り組まなければならない。被害者たちの高齢化が進み、もはや猶予はない。今国会で救済法を成立させるべきだ。