求刑超えの懲役20年「重すぎて不当」まさか高裁が量刑が重すぎるって?
まる子姫の独り言 2024/12/26
こちらも恐ろしい判決を見てしまった。最近、日本はタガが抜けたのではとか、底が抜けようとしているのかとか思って来たが、ひょっとしたら、日本はすでに底が抜けていたのだろうか。
>求刑超えの懲役20年「重すぎて不当」 実子への性的虐待、高裁判断 12/24(火) 14:00配信 朝日新聞デジタル
>実の娘に性的暴行をしたとして強制性交致傷罪に問われた男(56)の控訴審判決で、大阪高裁(坪井祐子裁判長)は24日、懲役20年(求刑懲役18年)とした一審・大阪地裁判決は「合理的な理由がなく量刑傾向から著しく乖離(かいり)し、重すぎて不当だ」として破棄し、懲役15年を言い渡した。
>過去の同種事件では懲役15年ほどが上限で、虐待の末の傷害致死罪でも16年が最長だと指摘。悪質性や常習性が際立っていても「類例を見ない」とまでは言いがたく、一審が裁判員裁判だったことを尊重しても、懲役20年は「許容できない」と結論づけた。
地裁もむやみやたらに検察が18年と求刑のその上行く20年と判決を下したわけでもないだろうに、大阪高裁は刑が重すぎて不当だと言う。娘が保育園児の時から実の親が性的虐待をしてた事を、「類例を見ないとまでは言い難く」という事は、いくらでもそんな事例があるとでも言いたいのだろうか。
実の親が娘が保育園児の時から性の対象にして実行に移すなんて、それほど類例は見ないと思うが。この社会で実の親が娘を性的対象にしたり、保育園児の頃から性的虐待をする、鬼畜としか思えない。ヤフコメでは地裁判決の20年でも少ないくらいだとのコメントが多い。
そりゃそうだろう。
娘の方は一生拭い難いトラウマとなって行きて行くだろうに、父親の方は裁判所が15年ほどが上限と庇っているかのような判決を下せば、娘はますます心が疲弊して行き、父親は15年の刑期を終えた後は、これで償ったと自分を正当化するだろうことが目に見えている。
しかも裁判官が「「類例を見ず」と考えているという事は、過去の判例に囚われた前例踏襲主義だという事か。前例・前例とかたくなに守っていたら、新しいものはなにも生まれてこない。返す返すも残念なのは、女性の裁判官が前例にとらわれて、男性有利ともとれる判決を下したことだ。
地裁は5年程度の犯罪を20年と判決を下した訳でもなく、過去の事件の判例が15年程度だとしても、せめて地裁での求刑の18年程度にはしてほしかった。法律が今の時代に合っていず古いのか、裁判官の考えが古いのかは分らないが、今の時代に沿った判決があっても良いと思う今日この頃だ。やっぱり、司法や検察は今の時代に沿った思考も必要なのではないか。


