大川原冤罪事件 上告せず謝罪と検証を
2025年5月30日北海道新聞
大川原化工機の冤罪(えんざい)事件を巡る民事裁判の控訴審で、東京高裁が一審に続き警視庁公安部と東京地検の捜査を違法とし、東京都と国に賠償を命じた。自らの見立てに合う都合のいい法令解釈に基づき立件した捜査のあり方を厳しく非難した。国家権力の暴走による極めて不当な人権侵害である。
警察と検察は上告せずに判決を受け入れ、社長ら関係者に真摯(しんし)に謝罪すべきだ。第三者の目を入れて違法捜査の経緯を徹底検証しなければならない。大川原化工機の社長ら3人は、生物兵器の製造に転用可能な噴霧乾燥装置を無許可輸出したことが外為法違反に当たるとして逮捕、起訴された。
だがそもそも粉末スープなどを製造する装置である。社長らは自社製品は軍事転用できないと一貫して否認した。初公判直前に検察は起訴を取り消した。高裁判決は捜査を尽くさず逮捕、起訴したのを違法とした一審東京地裁の判断を踏襲した。
注目すべきは、輸出規制に関する経済産業省の省令を公安部が独自に解釈したことの正当性を明確に否定したことだ。経産省は当初その解釈を否定していたが、最終的には容認した。判決は、そうした経緯があったにせよ公安部の解釈は合理的に説明できないと指摘した。
その上で「犯罪の嫌疑に関わる判断に基本的な問題があった。逮捕は根拠が欠如している」と断じた。独自解釈を「不合理とは言えない」とした一審判決より踏み込んだ。警察、検察のみならず経産省も一体となって事件をつくり上げた構図が浮かび上がる。
裁判では複数の捜査員から「(事件は)捏造(ねつぞう)」「決定権を持つ人の欲でしょう」などと上層部を批判する異例の証言が飛び出した。立件当時、安倍晋三政権は先端技術の流出を防ぐ経済安全保障に注力していた。政権へのおもねりがなかったか。
さらには事実と証拠に基づき地道に容疑を固めていく捜査の基本がおろそかにされ、見込み捜査や幹部の意向が優先されがちな公安警察の体質が影響しなかったか。そもそもなぜ大川原化工機を標的としたのかを含め解明することが欠かせない。
社長らは長く勾留され、1人は体調が悪化し亡くなった。保釈請求を裁判所が却下し続けたためだ。否認すれば身柄拘束を続ける「人質司法」を容認した裁判官の責任も免れない。再発防止のため全事件、全過程での取り調べの録音録画、弁護士の立ち会いの実現も急がなければならない。