真実の報道神秘

権力の『おかしな政策』におかしいと報道しない日本で、一人でも『おかしい』と声を上げ、真実を追求して行きます。

2019年03月

議員をチンパンジーに見立てたバンクシーの風刺画は、日本の国会の写し絵だ!!

 くろねこの短語  2019/3/31

英国議会を嘲笑ったバンクシーの風刺画が10年ぶりに公開された。議員をチンバンジーに見立て、英国議会の猿芝居振りを皮肉っているのだが、これってまさに日本の国会の写し絵てすね。

というわけで、チンパンジーにも劣る初老の小学生・ペテン総理による新元号談話を明日に控えて、バンクシーの風刺画でちょっぴり憂さを晴らしていていただきたい日曜の朝である。


イメージ 1

「平成」 “クズ”が反省もせず、グズグズと生きた時代
世相を斬る あいば達也 2019/03/31

日刊ゲンダイは「平成」と云う時代を“転落の時代”と捉え、次の時代を“奈落の時代”と予測しているが、あながち間違いと笑い飛ばせないのが、現実なのが怖ろしい。

まぁ、以下の記事は、共同通信の世論調査の結果を受けての評論記事なのだが、他社や他者の言葉を通して悲観論を記事にしている点が悲しいが、総じて、悲観論的立ち位置のメディアとしては、上手くまとまった記事になっている。先ずは、読んでいただこう。

≪「平成よかった」が7割超安倍偽装政治に騙される人々
平成も残り1カ月余り。共同通信が平成の時代に関する郵送世論調査(3000人対象)を実施した結果、「どちらかといえば」を含め、73%が「良い時代」と評価したという。つくづくオメデタイ国民性だ。  

NHKインタビューで経済評論家の森永卓郎氏が語った通り、平成は「転落と格差」の時代だ。日本の世界に対するGDPシェアは、1995年に18%を占めたが、直近では6%まで減り、20年余りで3分の1に転落。バブル崩壊後は不良債権処理を口実に潰す必要のない企業をバンバン潰し、片っ端から二束三文で外資に売り飛ばした。  
日本企業が日本人のモノでなくなったせいで、企業が稼ぎを人件費に回す割合を示す労働分配率はつるべ落とし。平成以前は世界最高水準を誇ったが、直近の2017年度は66.2%と石油ショックに苦しんだ74年以来、43年ぶりの低さ。今や世界最低水準に陥っている。 
小泉構造改革以降は労働規制緩和の猛烈な嵐が吹き荒れ、今では労働者人口の38%が非正規雇用だ。実質賃金もダダ下がりの中、追い打ちをかけたのが99年に始まったゼロ金利政策だ。預金にほぼ利子がつかない異常事態が20年も続き、今ではメガバンクの普通預金の年利は0.001%。100万円を預けても、利子はたったの10円だ。  

当然、庶民は増えない貯蓄を削る生活を強いられる。「1億総中流」と呼ばれた72年には金融資産がある世帯の比率は96.8%に達したが、17年には金融資産なしと答えた世帯が31.2%に上昇。本来得られた利子を奪われ、貯蓄ゼロの貧しい世帯が急増したのが、平成という時代なのだ。

■政治が人を大切にしなくなった時代
さらに黒田日銀がマイナス金利政策に踏み込んだため、メガバンクすら利ざやを稼げず、計3.2万人分の業務を削る大規模リストラを断行。店舗も次々と廃止し、三菱UFJは21年度までに国内516支店の1~2割を統廃合。みずほも24年度までに2割減らす。 

国内銀行の本支店数は17年3月末で約1万2000店と、ただでさえ、メガバンク誕生前の01年3月末から13%も減っている。世界各国の人口10万人当たりの銀行支店数はフランス57、イタリア48、ドイツ44、アメリカ26、カナダ24、イギリス17に対し、日本は16とG7諸国で最も少なくなったのに、さらに減らそうとしているのだ。  

元銀行員で経済評論家の斎藤満氏はこう言った。
「銀行業の根本は支店を通じた利用者サービス。それを守るのは銀行の責務なのに、維持できなくなったのも平成以降の歴代政権の責任です。『貯蓄から投資』と音頭を取り続け、株価維持のため、銀行に投資信託の販売増を押しつけた。かつての護送船団方式を崩壊させ、小泉・竹中コンビによる銀行イジメ以降は当局と銀行の信頼関係もガタガタ。20年ものゼロ金利政策で体力を奪われた上、トドメを刺したのが、アベクロコンビのマイナス金利です。 

経営が追い込まれても、もはや政府には頼れず、メガバンクでさえ自衛のために大リストラに走らざるを得ません。支店閉鎖で不便を被るのは利用者で、特にお年寄りは周りに支店がなくて途方に暮れています。それでも安倍政権はキャッシュレス化推進で、ますます銀行離れを加速させ、ついていけない人々を置き去りにする。残酷です」
 政治が人を大切にしなくなったのも、平成時代に特記すべきことだ。

■日本人の美徳を破壊した弱肉強食の格差社会
平成の会社員が失ったのが終身雇用と年功序列だ。会社が社員を守らなくなり、賃金も低下。非正規労働者は単なる使い捨てのコマだ。会社に忠誠を誓った企業戦士は今や昔。日本を代表する大企業でもモラルが低下し、信じ難い不正が相次いだのも平成の時代だ。

「93年開始の年次改革要望書を通じた米国の外圧により、自民党政権は新自由主義へとカジを切り、そのアクセルを吹かせたのが小泉政権です。1%に富を集中させる新自由主義の徹底は弱肉強食の格差社会を生み、教育格差に発展し、今では塾に通わせられない貧困層の子は進学すらままならず、格差固定化の『階級社会』に陥っています。新自由主義を推進した結果、日本の富は米国に収奪され、中間層は完全に潰れ、社会は分断。アンダークラスの不満のはけ口は日本の戦争責任を問う中韓両国叩きとなり、排外主義もはびこるようになった。平成の時代には、日本人の美徳とされた寛容と助け合いの精神が徹底的に破壊されてしまったのです」(経済アナリスト・菊池英博氏)  
日本社会をぶっ壊した新自由主義をさらに加速させたのが、この6年のアベ政治だ。アベノミクスで株価が上がって利益を得たのは外資と海外の富裕層、そして一握りの日本人のみ。働き方改革と称した労働規制の破壊で、働く人々に長時間労働を強制し、水道法改正と種子法廃止で、命の源である水と食まで外資に売り渡す。  
こうした都合の悪いことを国会で追及されても、安倍首相は攻撃的な物言いで逆に相手を非難するか、ゴマカし、はぐらかすだけ。不誠実な体質は霞が関にも伝染し、国会に呼ばれた役人までゴマカし、はぐらかし、攻撃的発言を野党議員に浴びせかける。  

いや、企業や大学、スポーツ界で増え続ける不祥事でも、責任者は都合の悪いことを隠し、ゴマカし、はぐらかしに終始。政権のイカれた体質が日本社会全体に蔓延しつつある。 後世に「平成最後の6年間が日本を変えてしまった」と疎まれるほど、今の日本は忌まわしい歴史の渦中にあるのだ。

■メディアの良識が消え不正もなかったことに
安倍政権の悪事もメディアが伝えなければ、なかったことになる。おかげで、「GDP600兆円」という政治目標に端を発する統計不正の追及も今や沙汰やみ。“ダマシノミクス”のペテン政治もまんまと成功だ。 

安倍政権はNHKの経営委員に“お友だち”を送り込んだのを皮切りに、放送局の許認可権をチラつかせ、民放テレビを完全に黙らせた。テレビが政治の腐敗に沈黙すれば国民に腐敗の実態は伝わらず、政治を話題にしなくなる。 
政治を避ける視聴者に応え、テレビから政治の話題がさらに消える悪循環だ。選挙の投票率も下がり、政権与党の組織力が上回る。安倍政権の国政選挙5連勝には、「この国はおかしくなっている」と気付いている人ほど無力さを痛感し、政治を諦めてしまう。この政権の唯一、卓越したところはメディアをコントロールし、国民を騙し、一部の気付いた国民を諦めさせたことだ。  

政治評論家の森田実氏が言う。
「盗聴法や特定秘密保護法、共謀罪などで監視社会を強化し、モノ言う国民にプレッシャーをかける仕組みを仕上げ、さらに安倍政権が官邸に権力を集中させ、小選挙区制の導入も相まって役人も与党も政権の言いなり。ネットの発達が歪んだ共感社会への強要と、ヘイトの氾濫を生み落とし、その中で安倍政権は戦後最悪の対中・対韓関係の悪化を招いた。日米安保も強化し、ついには集団的自衛権の容認で憲法9条を死文化させたのです。 

いずれも平成の出来事で、平成には権力支配が強まった暗黒時代の側面もある。それでも7割超の国民が『良かった』と答えるのは、メディアが平成の明るい部分だけを誇張している影響でしょう。多くの国民が大本営発表を信じ、時代が誤った方向に進んでいるのに気付かなかった戦前・戦中の光景を彷彿させます。この国に全体主義の足音が近づいているような懸念を禁じ得ません」  

平成を良かったという7割超の庶民は次の時代も安倍と同じような政治家を選ぶのだろう。希代の詐欺首相による恐ろしい国民総洗脳は、いつになったら覚めるのか。
 ≫(日刊ゲンダイ)

平成と云う時代解釈は色々で良いのだろうが、平凡な時代だっと言えるのではないのだろうか。昭和という時代が、あまりにもアップダウンの激しい時代だっただけに、どこか刺激に欠けていた時代なのだと思う。

平成は、構造的にズルズルと右肩下がりな経済につられるように、世の中全体に活力がなくなり、男子の草食化やコスパ男が大量に増産される時代になった。このような社会現象は、権力者や既得権益層にとって、目先は非常に都合のいい時代なのだ。

しかし、被支配者の牙を抜くことで、一時支配層は絶対的な勝者になるのだが、この勝利には継続性と云うDNAが欠けているので、結果的には、敗者だらけになるか、外国に勝者の地位を譲ることになる。

つまり、日本と云う国を、市場原理主義の坩堝に投げ入れてしまった結果、最終的には、独立性に欠けた属国度が鮮明な日本と云う国が出来上がる。

米軍や、グローバル金融や企業群の配下となり、その下に、日本人がぶら下がる社会と云う構造が、目に見えて判るような時代が来るのだろう。:仮に、米国や、グローバル資本が健全なまま推移するのであれば、好き嫌いは別にして、それでもいいのだろう。

しかし、米国やグローバル経済の限界は、その兆候を既に表しているわけで、その健全性は保証されていない。:いやむしろ、中国やインドが覇権を握る可能性の方が、高いと考える方が妥当性があるような時代の流れなのだろう。

いま未だ、米国の方が有利だから、これからもと云う図式を信じるのは既得権益層か愚か者であって、ニュートラルに考えれば、益々、米国の覇権は怪しくなると見るのが妥当だ。

ただ、日本人の多くは、平成と云う時代を通じて、本来から持っていた、利己主義をより鮮明にし、エゴセントリックな国民性が定着している。

平成を、良い時代だったと云う人々の多くは、昭和の高度経済成長期の遺産を食いつぶして息をしていた「平成」と云う時代感覚にまで、考えが至らない知的水準だからだろう。

まぁ、エゴセントリックに考えれば、まだ食いつぶす遺産が残っている間は、良い時代だと感じるのは当然かもしれない。正直、論理的に、自国に経済や社会が、雪隠詰めになると判っていても、エゴセントリックで、見えるものだけで、ものごとを理解や判断する以上、近い将来であっても、リスク管理を叫ぶことの虚しさを知っているので、語る者は少ない。

“やばい”と云う危機意識はあっても、彼らは、それを口にはしない。

行くところまで、行くしかない。 まるで、太平洋戦争に突入した時と同じ構図なのだ。 おそらく、超貧乏を強いられることになりそうだが、450代を含め、なんとか逃げ切れるのではと、それこそエゴセントリックな考えに意識下にある。

最近では筆者も、こりゃ、行くところまで行くしかないな、と思うようになった。その行きつくところが、戦争でないことを祈る気分だ。以下のように、キナ臭さは増すばかりだが。

≪ 安保法3年 自衛変容 新任務次々に
集団的自衛権の行使を可能にし、自衛隊の役割を拡大した安全保障関連法は29日、施行から3年を迎えた。自衛隊はこの間、安保関連法に基づく「米艦防護」などの新任務を次々と実施してきた。4月には安保関連法の「国際連携平和安全活動」を初めて適用し、イスラエル、エジプト両軍を停戦監視する多国籍軍・監視団(MFO)の司令部に自衛官2人を派遣する方針だ。ただ、役割の拡大は、専守防衛を逸脱する恐れもはらんでいる。【木下訓明】
■「専守」逸脱の恐れも
3年間で日米同盟はより強固になり、抑止力は向上した。日本の役割拡大は、米側もしっかりと評価している」。岩屋毅防衛相は29日の記者会見で、安保関連法の意義を強調した。 

政府は、同法に基づく「実績」を積み上げてきた。日本防衛のために監視活動を行う米軍艦艇や航空機を自衛隊が防護する「武器等防護」は、2018年に16件実施。16年のゼロ、17年の2件から急増した。日本に重要な影響を与える事態の際に、地理的制約なく、自衛隊が米軍を後方支援することも可能になり、そのための共同訓練も重ねている。 
自衛隊と米軍の「一体化」は、日本の役割拡大でもある。米国を狙った中距離弾道ミサイルの迎撃もその一つ。ミサイルが発射されれば、同法に基づいて集団的自衛権を行使し、日本政府が秋田市と山口県に配備を目指している陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」と日米共同開発の迎撃ミサイル「SM3ブロック2A」で迎撃することができる。 
有事の際、同法に基づき米軍の後方支援を迫られる可能性もある。ただ、米国の他国に対する武力行使への支援を強めることは、「武力行使の一体化」とみなされかねない。さらに、前線に物資を送る「兵站(へいたん)機能」は、国際的には戦闘行為と一体と見なされており、自衛隊が攻撃対象となる危険性もはらむ。  
一方、政府は昨年12月に閣議決定した中期防衛力整備計画(中期防)で、海自護衛艦「いずも」型の「空母化」改修を盛り込んだ。短距離離陸と垂直着陸が可能な最新鋭戦闘機F35Bの搭載が念頭にある。政府は常時搭載しないとし、政府見解で保有できないとしてきた「攻撃型空母」ではないと説明する。しかし、F35Bを艦上で運用すれば行動範囲は広がる。敵基地攻撃に転用する余地が残り、「専守防衛」の枠をはみ出す恐れがある。また、米軍機を搭載しての「後方支援」を迫られる可能性もある。 

岩屋氏は会見で「新たな任務で(自衛隊に)リスクが増える可能性はある。それを限りなくゼロにするため訓練をしっかりと行う」と強調した。だが、野党は「『いずも空母化』など日本の安全保障の根幹的な原則から逸脱しているような状況が見受けられる。安保関連法制を廃止する準備をしなければならない」(立憲民主党の福山哲郎幹事長)などと反発を強めている。
 ≫(毎日新聞)

やっとマトモなアベノミクスに対する論評が現れだした。

3月 29, 2019 日々雑感(My impressions daily)

やっとマトモな経済評論が現れるようになった。これまではアベノミクスをヨイショする頓珍漢な論評が花盛りだったが、GDPの主力エンジンたる個人所得を重視する論調が掲載されるようになったことは歓迎すべきだろう。
 
しかし余りに遅れた感がある。安倍自公政権の六年有余もの経済無策は日本を世界から置き去りにさせてきた。アホノミクスをアベノミクスと煽て上げたマスメディアの責任は重大だ。今も猶、「イザナギ景気」超えとうそぶく愚かな経済評論家がゴマンといるのには溜息を吐くしかない。
 
日本に必要な経済政策は経済成長策だ。1%にも満たない安倍自公政権下の平均成長率で、日本は衰亡の一途をたどってきた。その現実を認識しないで、消費税10%の大合唱しているマスメディアは亡国の徒としか思えない。
 
日本に必要なのは消費増税ではなく、消費減税だ。その財政の穴は富裕層への課税強化と法人減税を旧に復すことだ。そして積極財政と大胆なUターン投資減税を強力に行い、国土強靭化も急ぐべきだ。
 
もちろん国土強靭化にはデータ基地の複数化と回線の複線化も含まれる。災害列島日本の災害被害を最小限に止めるための措置を迅速に講ずべきだ。先の大戦以後、日本国民は戦争で一人も死んでいないが、災害ではゆうに10万人以上は亡くなっている。
 
とうぜんながら、港湾施設も改築増強すべきだ。災害時に救援物資を運搬するのに海上輸送は欠かせないからだ。国内経済を活性化すれば、自然と税収は増える。経済成長させないで、税収を増やせば益々家計は貧窮し、個人消費は縮小する。それでは日本は衰退するだけだ。
 
必要な政策は自由貿易のグローバル化ではなく、国民ファーストの「国民の生活が第一」の政治だ。2009民主党マニフェストに回帰すべきだと、すべての政治家が認識すべきだ。子育てに必要なのは保育の無償化ではなく、子供手当の増額だ。母親が働くか子供を預けるかの選択は子供手当を目の前にしてすべての親が最良の道を考えれば良いことだ。

<IMF(国際通貨基金)、OECD(経済協力開発機構)の世界経済見通しが相次いで下方修正されています。今年の世界成長率は3.3%と、昨年の3.4%見込みをさらに下回ると見られています。

その中で、減速の主因は一般に中国、欧州の悪化と見られていますが、それに加えて、最近では「ジャパン・リスク」が意識され、日本経済の悪化も世界の足かせになっていると見られるようになりました。

安倍政権はまだ「景気は緩やかに拡大」が続いていると判断していますが、内閣府の景気動向指数が日本経済はすでに下降に転じた可能性を示唆していることは、海外のエコノミストにも知られています。特に、日本の内需、とりわけ家計消費の弱さが景気悪化の大きな要因と理解されています。

政府の認識と内外のエコノミストの判断との間に、ギャップが大きくなっています。

所得のバランスが崩れた
日本経済の弱さは、著しい所得の偏りにあると考えられます。
特に、企業利益は過去最高を更新して好調を続けてきたのに対し、家計の所得はむしろ長期的に減少傾向にあります。

その結果、労働分配率が低下傾向にあり、国内では個人消費の低迷が続いています。この企業、家計間の所得分配の歪みが国内の消費需要を弱め、企業の投資や生産活動にむしろ足かせになっている面があります。

企業の利益は様々な指標で好調が確認されています。財務省の「法人企業統計」でも日銀「短観」でも、いずれも企業の利益は拡大し、特に安倍政権になってから経常利益は50%から60%も高まっています。これに対して家計の所得はじり貧です。例えば、国税庁の「平均給与」でみると2017年の平均年収は432万円で、10年前の437万円より減っています。

ここから税金を引き、物価上昇を差し引いた税引き後の実質所得はこの10年で6.1%減少しています。特に中小零細企業の賃金が大企業に比べて小さくなり、非正規雇用の賃金(2017年は175万円)は正規雇用(494万円)の35%にとどまっています。

つまり、企業と家計所得の間とともに、個人の間でも正規雇用と非正規雇用の賃金に大きな格差が生じています。

格差を拡大させた政策
こうした所得の偏りをもたらした背景に、日本の政策が大きく影響しています。
例えば、アベノミクスでは法人税減税を進める一方で消費税を引き上げ、社会保険料(国民年金掛け金、健康保険、介護保険料など)は毎年のように上がっています。

さらに、経済財政諮問会議などが派遣労働力や外国人労働を使いやすい制度にし、働き方改革もあって、企業は人件費の抑制が可能になり、これが企業収益を支える柱となりました。

加えて、アベノミクスのもとで異次元の金融緩和と円安が進み、家計の利子所得はひところ年間30兆円以上あったのが、今はほとんどゼロになり、円安でエネルギーや輸入食材が値上がりして購買力を圧迫しています。
個人の所得が実質的に減少を続け、しかも人口減少、高齢化の中で国内の消費需要は長らく停滞を続けています。

一方で企業にとっては政策的な人件費の抑制が功を奏し、さらに超低金利と円安もあって企業の輸出は大きな利益を生むようになりました。この海外での好調な利益が、国内市場の弱さをカバーしてきました。

企業は利益を上げても国内市場が先細りのため、国内投資には慎重で、利益分の多くを「利益準備金」(いわゆる内部留保)に積み上げてきました。これは「貯蓄」にあたり、需要の抑制につながります。このため、企業収益は絶好調でも、日本の景気は常に「緩やかな」の修飾語の付く拡大、低成長に留まりました。

海外で稼いでも、それを労働者に賃金で還元しなくてもよい環境をアベノミクスが作り上げてきたのです。それが企業の貯蓄を促し、成長を阻害してきたことは、何とも皮肉なことです。

海外景気の悪化が日本直撃
そこへ、日本企業にとって利益の源泉でもあった海外景気が、昨年暮れあたりからにわかに悪化しました。日本電産の中国からの受注が11月から激減したと言い、中国向けの輸出が1月には20%も減少する事態となりました。また欧州でもドイツ、イタリアの景気が変調をきたし、日本の輸出が減少気味となりました。

内需が構造的に弱い中で、唯一稼ぎの場であった海外景気が弱くなると、いよいよ逃げ場がなくなります。実際、昨年10-12月期の企業収益は、前年比2桁の減益となりました。今年に入っても、環境の改善は見えず、ここへきて今まで一人勝ちを続けてきた米国まで「景気後退」の懸念を強めています。FRBの景気判断弱気化から、逆イールドが生じるようになったためです。

米国景気が悪くなると、それだけ今後の日米通商交渉が厳しくなります。特に、米国の農業が今不調で、農場閉鎖が増えています。また看板産業の自動車も苦境にあえいでいます。

この2つの分野が日米交渉の中心に据えられます。4月に安倍総理がワシントンに呼ばれていますが、日本が何を差し出すか、米国は厳しい目で見ています。

家計に目を向けよ
家計を圧迫し、企業の利益を優先する「アベノミクス」を6年以上も続けてきた結果、国内市場が疲弊し、企業は海外市場に依存せざるを得なくなりました。そして、海外市場がヘタってしまうと、いよいよ逃げ場がなくなり、景気の悪化に直接結びつきます。

米国ではGDPの3分の2を占める個人消費を経済の柱として大事にし、その維持拡大に政策資源を傾けてきました。一方で日本では家計消費が名目GDPの5割まで落ちてきました。

本来最も安定的な消費市場が縮小している分、経済は不安定になります。景気の安定はもちろん、国民生活の不安を緩和するうえでも、政策の対象を家計に向け、ここに光を当てる政策が必要になってきました。
安倍政権でできなければ、政権交代を選択する力が働きます。今年の統一地方選、参議院選挙はその試金石になりそうです>(以上「BLOGOS」より引用)


森友学園疑獄の公文書改ざんに「不起訴不当」の検審議決・・・なんとも生温い!! タイミングを見計らったかのように新元号発表直前というのも胡散臭い!!

 くろねこの短語  2019/3/30

くろねこも参加するところの「健全な法治国家のために声をあげる市民の会」が、森友学園疑獄における公文書偽造などについてシュレッダー佐川君を筆頭とするお歴々が不起訴処分になったことを不当として検察審査会に申し立てたのは昨年の6月のこと。

その議決がようやく出たんだが、なんとまあ「不起訴不当」というまったくグレーなものでありました。
 
「不起訴不当」ということで検察は改めて捜査をせざるを得ないんだが、そこでまたしても「不起訴」ってことになったら、ペテン総理の私人の嫁が深く関わっているこの極事件はすべてチャラになっちゃうんだよね。だから、検察審査会は「起訴相当」として強制起訴すべきだったんだね。
 
でなけりゃ、「『改ざんを指示していない』という供述に信用性はない」「改ざんは一般市民の感覚では許されず、言語道断」「事実関係を明らかにすべく公訴を提起する意味は大きい。検察官が捜査を尽くすことを要請する」とした議決理由が、なんとも虚しいものになってしまう。

 
それにしても、1年近くも経って、しかも新元号発表の直前に議決を出してくるとはねえ。週明けには新元号フィーバーで、公文書改ざんの「こ」の字も報道されることはないでしょうからね。わかりやすいと言ってしまえばそれまでだけど、いちいちやることが汚いねえ。上が上なら下も下ってことか。
 
再捜査の後に、検察がどんな結果を出してくるか。その内容いかんでは検察の政権忖度が改めて浮き彫りになりかねないから、けだし見ものではあります。

室井佑月「マスコミってさ」

週刊朝日 201945日号

 

作家・室井佑月氏は、JOC・竹田恒和会長の賄賂疑惑について、マスコミの曖昧な報道姿勢を疑問視する。

*  *  * 
この原稿を書いているのが317日。昨日16日のニュースによれば、日本オリンピック委員会(JOC)の竹田恒和会長が、退任の意向を関係者に伝えたとか。(その後、19日のJOC理事会で6月末の任期満了で退任すると正式に表明した)

大手新聞をざっくり見てみたが、やばいくらい中身がない。

竹田会長といえば、2020年東京五輪を招致するため賄賂を渡したんじゃないかと疑惑を持たれ、フランス司法当局から捜査されているお方。その方がJOCの会長を辞めたいといっておる。16日に共同通信が出した記事が、

<開幕まで500日を切った中で退く事態となれば大会への影響が懸念される>

<竹田氏は一貫して潔白を主張しているが、招致疑惑問題の東京大会への影響を強く憂慮する国内外の声に、退任が不可避な情勢となっていた>というもの。その後、1日経ったのに、どこの新聞記事も似たり寄ったり。

マスコミは疑惑が持たれる前は竹田氏や、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会の森喜朗会長の話をありがたがって載せたんだから、竹田氏が辞めるという情報を得たのなら、彼らの居場所を突き止め、彼らの話を細かく聞いてこなきゃダメじゃん。

気持ち悪いのは、フランス当局の判断が出るまで、賄賂疑惑に関してグレーにしとこうという、この国のマスコミの態度。

マスコミは東京オリンピックを成功させたいんでしょ。だったら、開催に関して汚れた部分になりそうな、賄賂疑惑をなぜ独自追及しない? この国には自浄作用がないのか? 情けない。19日に竹田氏の退任が決まり、その後、彼が会見を開いたら、詳しい記事を書くの? なんどもいうけど、今日は17日。今から予言しとく。たぶん、会見で竹田氏が話したことが、そのまま記事になる。

テレビでは新聞記事程度の報告をニュースでさらっと流すか、視点を斜めに持ってくるか。ワイドショーは、次の人事がどうなるかという構成で番組を組み立てるかも。アスリートの元スターを出し、次の長となる人を、「この人、良い人」。そういったすり替え作戦でいく?

しかし、そうやって取り繕っても、フランスの煙を消すことは簡単じゃない。

だとしたら、この国でも事実を追及し、それなりの報道をしておいたほうがいいんじゃね?

東京五輪で使われる金は税金。責任のお鉢をまわされるのは、国民。失敗したとき、我々にどんな言い訳をする? この件は海外が絡んでいる以上、森友・加計のようにできない。報道の自由度ランキングが独裁国家並みに評価されても気にしない?

2020年以降、この国の新聞もテレビもなくなるわけじゃないでしょう?

 

NHKをBBC並みの国営放送に 理不尽な公共放送と受信料
世相を斬る あいば達也 2019/03/29

久しぶりに、個別的な話題について、考えてみた。

特にNHKで問題になるのは、政治関連のニュースやドキュメント番組、討論番組における、政権との距離感の問題だ。安倍政権になってからというもの、日ごとに、政権との距離感は無きに等しいところまで接近している。

NHKのアナウンサーの背中に、官邸からの使いが,刃を突きつけているようだ。NHK内部においては、幹部連中の忖度競争があられもないかたちで、繰り広げられている。

もう、NHK内においては、不偏不党など「死語」である。 このNHKの運営は、ほとんどが、国民の支払う受信料で賄われているわけで、特別、国家予算がなくても充分運営できるのだから、貧乏国の予算など貰うべきではないのだ。

無論、放送法があるから、そういう訳にも行かないだろうが、であれば、NHKには、放送法を遵守する義務があるわけで、義務の履行を要求しなければならない。

正論を言えば、放送法の改正だが、 現況では、悪く変えられる恐れがあるので、口にするのは危険だ。“公共放送”NHKと云う立ち位置ほど曖昧なものはない。

結論を先に言えば、受信料など貰わずに、BBC同様に、完全国営化すべき存在だ。国営放送でも、案外と不偏不党は維持出来るものある。まぁ、英国のエリートとジャパンのエリートに、格の違いはあるようだが
……。

【 放送法 第一条 この法律は、次に掲げる原則に従つて、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする。
一 放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること。
二 放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。
三 放送に携わる者の職責を明らかにすることによつて、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること。 】

放送法第一条二項≪放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。≫とあるわけだが、不偏不党どころか、一個人政治家にかしずく放送局になってしまったのだから、当然、受信料など支払う義務はない。

2017
12月、受信料の徴収を合憲と判断した最高裁判決は、無条件に、NHKの受信料徴収は合憲だと言っている判決ではないので、状況が変われば、NHKの思い通りにはならない。

まず、放送法に支払いの履行義務が書いていない。また、無条件に支払わないわけではなく、NHKの報道姿勢に疑問があり、国民の知る権利が充足するに足る報道内容になるまで、支払うことは出来ない、と慇懃に伝えるのが一番ベストだ。

このNHKの公共放送と云う呼び名の曖昧さが、国民の側にとって、最も不利益を蒙りやすい体質を内包している。 放送法の法理念にそぐわない状況で、NHKが公共放送を楯に、受信料の合法性や合理性を訴えても、聞く耳を持つ必要はない。

最近のNHKは、極端に娯楽バラエティー番組とスポーツ中継、4K放送向きな映像番組に偏りだした。

おそらく、政治関連報道をすると、安倍官邸筋からも、視聴者からも、“やいのやいの”とクレームがつき、面倒で堪らない。それなら、笑え騒げ、キレイ、スポーツと云うファクトの世界に浸って、年収1000万以上の生活が保障されている。

少し古い記事になるが、受信料への疑問を投げかける記事があったので、参考掲載する。

≪今のNHKに「受信料制度」は本当に必要なのか 放送法の理念とは大きくかい離している
伊藤 歩 : 金融ジャーナリスト
受信料の徴収を合憲と判断した126日の最高裁判決に対し、違和感を持つ声がネット上に溢れている。

なぜ見もしないNHKに受信料を払わなければならないのか。災害報道や教育関連の放送に公共放送としての役割があるのだ、と言われてもなお、違和感をぬぐえないのは、民放の災害報道がNHKに比べて決定的に劣るという実感がないだけでなく、この説明だけでは「なぜ国営放送ではないのか」という素朴な疑問を解決できないからではないだろうか。その疑問を解く鍵は、放送法12項にある。

■戦争の教訓から認められた「独立性」
NHK
の根拠法である放送法が誕生したのは終戦から5年後の19505月。この前年には、弁護士に自治を認めた弁護士法が誕生している。
戦前の弁護士は旧司法省に懲戒権を握られていたため、国家から弾圧を受け、国民の人権を守るという職務を全うできなかった。その教訓から、弁護士には国家権力から完全に独立した自治権が与えられたのだが、同じく戦時中国家権力の宣伝部隊となったNHKにも、国家権力からの独立性を認めた。それが放送法12項だ。

放送法は1条で、「放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを目的とする」とし、そのための原則として、同2項で、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」を謳っている。
国家権力のみならず、資本家の権力からも独立した放送局であるためには、国家にも資本家にも頼らない収入源を確保しなければならない。だから国民が負担する受信料なのである。

だがしかし、NHKの最高意思決定機関である経営委員会を構成する委員は、衆参両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命する。経営委員会はNHKの会長、副会長、理事といった執行幹部の決定権を握っている。したがって結局のところ、NHKのトップ人事を、条件さえ揃えば内閣総理大臣がコントロールしうる設計になっているのだ。

■官邸の「忖度」が働く
官邸の意向を汲む経営委員を送り込んでも、経営委員自身は番組制作に干渉することはできない規定になってはいる。しかし、官邸の意向を汲む経営委員が、自らの意向を汲む人物を会長や副会長、理事に据え、「忖度」が働けば、官邸は間接的にNHKをコントロールできる。

実際、2013年秋に就任した委員4人はいずれも安倍晋三首相に近いとされ、その経営委員の選んだ会長が、籾井勝人氏である。その籾井氏が、就任早々問題発言を繰り返したことは周知のとおり。とりわけ、「政府が右と言うことを左と言うわけにはいかない」は、放送法12項の精神を根底から否定しかねない発言だった。

それではなぜ、放送法はそのような権限を内閣総理大臣に与えたのかというと、国民の代表機関である国会がにらみをきかすという前提があったからだろう。
国会は経営委員の選任についての同意権だけでなく、予算や受信料の承認権も握っているのだが、そうなったのは、国民は国会審議を通じて視聴者の代表たる経営委員の選任に影響を及ぼし、NHKの経営をチェックできるというロジックだったからだ。
しかし、さまざまな思想の傑物が互いに牽制し合うことで、幅広い支持者を得、時の首相といえども独走が許されなかったかつての自民党と、今の自民党は違う。

だからこそ、実際に国家権力が番組制作に干渉するかどうかの問題ではなく、それが可能な制度になっているということが問題なのだ。国家権力からの独立性が確保できないのであれば、受信料制度を維持する大義名分は失われる。

■職員の平均給与は1100万円
NHK
は民放では考えられないほど贅沢に番組制作にお金を投入する。職員の給与水準も高い。2016年度のNHKの経常事業支出は6910億円。このうち給与(退職金、厚生手当含まず)は1110億円。20173月末時点の職員数は10105人で、平均年齢は41.1歳。1人当たりの給与は1098万円という計算になる。

税金で運営する国営放送になれば、お金の使い方も現在とは大きく変わるだろう。『クローズアップ現代』の国谷裕子キャスターの降板騒動、高市早苗総務相(当時)の電波停止発言など、国家権力からの独立性を疑われてもおかしくない事態が次から次へと発生している状況からすれば、今のNHKならいっそ国営放送になったほうがわかりやすい。
だがしかし、果たしてそれで良いのか。NHKが国家権力からの独立性を確保できている報道機関であると、国民が心から信じることができれば、受信料に対する理解は格段に高まるはずだ。

経営委員の任命権を国家権力が及ばないところへ移す法改正は、官僚主導の立法では無理だ。議員立法でも党議拘束でがんじがらめの自民党議員には期待できない。このところ不甲斐なさばかりが目立つ野党議員の奮起を望む。
≫(東洋経済ONLINE)

日本政治に求められる “量から質への論争とビジョン”

世相を斬る あいば達也 2019/03/27

 

最近、“お墓のお墓”と云う社会現象が話題になっている。

我が国は、根本的人口減少社会なのだが、それに輪をかけるかたちで、都市への人口集中と地方の過疎化と云う格差社会の局面が際立って見えている。

このように“お墓のお墓”が生まれたのが、先祖を蔑ろにする罰当たりな現代人と云う評価はあたらない。

ひとつは、戦後の高度経済成長期の集団就職による、地方から都会への、人の移動が、農村部と都市部と云う生活圏の違いを鮮明にしていった。

異なる言い方をすれば、都会や工業地帯と云う仕事のある国が、仕事のない田舎という国から、移民政策をしたようなものだと言える。

このような移民政策が、同一国内で起こせるのは、日本が中央集権国家だったお蔭だろう。

高度経済成長期に、都会や工業地帯が多くの労働力を必要としたのは当然だが、その頃、農村部は労働力を必要としなかったと云うファクトがないと、辻褄が合わないのだが、その辺はどうなのだろう。

これはあくまでも、筆者の想像なのだが、先ずは、農村部の「人手あまり(労働力過剰)」現象が先行したに相違ない。

この現象の多くは、農業の機械化が大きな影響を及ぼしたのは、想像に難くない。 戦前戦中の“産めよ増やせよ”の富国強兵政策のツケが農村部で明確になると同時に、農業の機械化が、過剰労働力状態を生みだした。

つまり、農村部の子供たちは、富国強兵においては、兵隊の供給源であったが、終戦と平和においては、過剰労働力と云う側面を強く持つことになった。

:ある国において、一定の期間だけ、都合のいい時期というものはあるわけで、それが、戦後の高度経済成長期だったと思う。

この、本来であれば、農村部の過剰労働力にすぎない労働力を、吸い上げる需要が、都市部や工業地帯に生まれた。

これが、わが国における、人口の大移動だったのだ。

そして、経済成長がとまり、経済縮小時代が到来することで、思いもよらない社会現象が表れることになったと言えるのだろう。

高度経済成長によって、ズタズタにされた農村部の共同体は、減反政策で、さらに疲弊し、格差と高齢化で限界集落が青息吐息で存在する状況になっている。

「地産地消」が絵空事に終わってしまうほど、地方は疲弊している。「地方分権」等と云う言葉も、有名無実になって、日本は、ますます中央集権を強めている。

しかし、その残された国土を、どのように有効活用するかが、集約させられた人々の満足度にも繋がるわけで、非常に需要だ。つまり、人口減少国家の国力の減少は既定の路線であり、この流れに抵抗することは“骨折り損のくたびれ儲け”になるのだから、アベノミクスは、哲学的に間違っている。

いまや、日本が選ぶべき道は、“量より質”以外にないわけである。

:既得権益層に、その選択を任せている限り、どのような「質」が求められているか、議論のテーブルに乗ることはない。

その意味で、自公政権では、その質へのビジョンも見えてこないが、立憲民主党や共産党からも、この“量から質への論争とビジョン”は聞こえてこない。

≪拡大するお墓の墓 「先祖累代」もう引き継げない ドキュメント日本
【 故郷にある先祖累代の墓をどうするか、が都会で暮らす人の共通の悩みになって久しい。住居近くへの改葬や納骨堂の利用が一般化するのに伴い「墓石解体業」がビジネスとして広がりつつあるという。業者に引き取られ、縁もない場所に集められる墓石がどんどん増えている。「お墓の墓」が映す現代とは――。(大元裕行)】

:三重県西部に位置し、奈良と県境を接する名張市。林の中の舗装もされていない道を進むと、突然視界が開け、ぎっしりと墓石が並ぶ一画に行き当たった。墓石解体業の美匠(奈良県橿原市)が運営する「永代供養安置所」。御影石、大谷石……。種類の違う石材が色のコントラストをつくる。形も一般的な直方体から円柱状のものまで多種多様だ。

:江戸時代の元号が読み取れる墓碑や題目、称名が刻まれて宗派が分かる墓石、旧陸海軍の戦死者のために造られた墓石も。一つ一つを見れば、かつては家族の歴史を子孫に伝えるものとして大切に守られていたことが感じられる。 美匠の中西あざみ社長(41)によると、10年前、500坪の土地に設けた安置所には約5千基が集められている。「子供に引き継げないから墓じまいをしたい」「墓石の処理に悩んでいる」などの問い合わせは年間1千件に上る。間もなく、スペースは埋まり、近隣の土地で拡大する方向だ。

 
:これまで21都府県の個人や石材店などから墓石解体の依頼を受けてきた。墓の一番上に置かれる竿石(さおいし)は11万円で受け取り、クレーンを使って安置所に運ぶ。定期的に清掃し、僧侶が供養する。中西社長は「色々な経緯がある墓石ばかりだが、誠意を持って接している」。

厚生労働省の「衛生行政報告例」によると、墓の移転や墓じまいの際に必要な改葬の許可件数は2017年度、全国で104493件。5年前と比べ約3割増えた。都市への人口集中と人口減が墓じまいを選ぶ人の増加に拍車をかける。
 ≫(日本経済新聞)

↑このページのトップヘ